月別アーカイブ: 4月 2012

詩の朗読会

4月28日(土) アミュゼ柏で詩の朗読会が開かれ、妻と共に参加した。 今日は金子みすゞ著「私と小鳥と鈴と」「お魚」「打出の小槌」を朗読した。 特に「お魚」は食物連鎖と言う自然界における生命の営みで、人間が生きる様が掴み取れた。 また、「私と小鳥と鈴と」は違いを認め合い、互いの個性を尊重する意味が感じ取れた。 詩は小説と異なり、作者が訴えようとする事を読み手が、自らの価値観で解釈を加える。 私、内田ひろきは普段、どうしても評論文を読む事が多くなる。 小説や論文は起承転結が明確に記述してある。 これに慣れて、硬くなっている頭を想像と言う感性でストレッチしたような、そんな一時だった。

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41歳になりました

4月27日(金) 今日は私、内田ひろきの41回目のバースデー。 この間、扇風機しかなかった頃から満員電車に 揺られ遠方まで通勤・通学して来られた方、商業や農業に汗水流して来られた方、労働運動や安保闘争に没頭して来られた方。 こうしたさまざまな立場の皆様から 貴重な体験をお聞かせいただき、生き方に学び、若者達が感じている社会への憤りとを繋げ、政治に反映して行く事が中間世代の私、内田ひろきに 与えられた責務であると感じます。 身の引き締まる思いです。 たまたま今日は、柏市視覚障害者協会の定期総会。 この会では私、内田ひろきが最年少。 先輩方の生き方に学ぶ事ができました。

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闘う「障害」者が国会に結集

4月26日(木) 障害者総合支援法に化けた障害者自立支援法の一部改正案が、18日に衆議院の厚生労働委員会を民主、自民、公明の賛成多数により通過し、本日の本会議で可決した。 700名の闘う「障害」者が国会を包囲し、抗議と糾弾の声を上げた。 私、内田ひろきは障害者自立支援法を制定する過程から反対闘争に決起してきた。 福祉は食い物でも買い物でもない。 まさしく、国と自治体が保障すべきものだ。 身体「障害」者 が介助者とトイレに行く事や聴覚「障害」者が要約筆記・手話通訳を付けて人と会話をする事また、視覚「障害」者がガイドヘルパーと外出する時など、こうした日常の当たり前な事になぜ金銭を支払わなくてはならないのだと言いたい。 この攻撃は、介護保険法の改悪により高齢者に対しても同様に仕掛けられている。 便益や契約と言った資本の論理は、新自由主義そのものである。 創ろうみんなの障害者総合福祉法と謳い、「障害」当事者の強い要求で障害者制度改革推進会議が発足し、骨格提言がまとまった。 ところが、私達抜きに私達の事を決めるなと主張してきたこの会議の骨格提言は、2割程しか反映していないのだ。 障害者総合支援法と名前だけを変え、難病患者を救済の対象にした。 しかし、障害者総合支援法による難病患者の救済は不十分であり、法の枠組みに当てはめ、お茶を濁しただけに過ぎないのだ。 この為、法の枠組みから外れてしまう難病患者が続発し、患者間での格差と分断が生まれてしまうのである。 そもそも、一割負担を強いる障害者自立支援法は民主党政権のマニフェストに廃止すると謳われている。 普天間と辺野古、八ッ場ダム、消費税などと並ぶ重大な公約違反なのである。 財界と官僚は、介護保険法と障害者総合支援法の統合を企んでいるようだ。 不当にも、障害者福祉と高齢者福祉は税を充てず、保険で賄なおうとしている。 この時点で、消費増税の根拠は論理破綻しているのである。 福祉を競争原理に任せ、自由化する政策はTPP参加の先取りと言える。 連休明けから、この法案を巡る闘いは参議院の舞台に移り、攻防の最終局面を迎える。 私、内田ひろきは全国の闘う「障害」者とスクラムを組み、この悪法を闇に葬り去る決意である。

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早朝駅宣スケジュール

4月25日(水) 3週1クールで内田ひろきニュース、集会や勉強会のご案内を配布しています。 金曜日→逆井(西口)・柏(西口)・南柏(西口) 月曜日→逆井(東口)・柏(東口)・豊四季 火曜日→増尾(西口)・増尾(東口)・新柏(東口) 水曜日→南柏(東口)・北柏(南口)・北柏(北口) 木曜日→高柳・新柏(西口)・五香(東口) 北柏でビラを配る内田ひろき

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柏楽園町会の定期総会

4月22日(日) 地元、柏楽園町会の定期総会が開かれた。 昨年の総会で、大きな論議を呼んだふれあいサロン事業は、ようやく板についてきた。 今年から市民公益活動補助金に地縁団体枠が設けられた。 しかし、この制度には欠陥が多い。 福祉、子育て、防災、防犯、コミュニティー、会員拡大の6事業から1事業を選択し、申請する。 交付決定後の補助上限額は年間10万円で、1事業につき、1回しか対象にならない。 つまり、複数年に亘り補助金を受給するためには、毎年事業のウエイトを変えなくては、ならないとした使い勝手の悪い制度なのである。 暮らしの基本となる地域コミュニティーを歳出削減の土俵に乗せるなと言いたい。 これからの柏市におけるコミュニティーの活性化には自治体内分権が必要だと思う。 現在、地域ふるさと協議会と町会がその役割を担っているが、権限と財源を役所が握っている実態は変わらない。 近隣センター単位に自治区を分け、近隣センターや公園管理、防犯灯やカーブミラーの整備、道路修繕要望、地域の子育て事業などは、それぞれの自治区の権限で実施できるよう、役所が財源分配を予算化するべきである。 自治区の決定権は6名程度の議員を選挙し、議院内閣制により自治区長を選任する。 その自治区長が住民から執行部を編成し、提案事項を自治区議会で議決する。 これにより、市議会議員の御用聞きが減少する為、政策で市議会議員が選ばれるようになるだろう。 これが実を結べば、しがらみのない政治に一歩踏み出せるはずだ。 自治区議会がしっかり機能すれば、市議会議員の定数削減も一つの選択肢となるだろう。 自宅・事務所にて内田ひろき

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市民環境委員会の視察

4月19日(木) 私、内田ひろきが所属する市民環境委員会で、4月17日(火)から本日までの3日間に亘り、次の日程で視察に出向いた。 4月17日(火)熊本市、日本一の地下水都市くまもと推進事業について 4月18日(水)福岡県大木町、おおき循環センターくるるんについて 4月19日(木)鹿児島市、市民とつくる協働のまち事業・企画提案型まちづくりモデル事業について 柏市議会には4つの常任委員会がある。 36議席を委員会の数で割り返した9名がそれぞれの定数となる。 市民環境委員会の会派構成は、次の通りです。 柏清風(自民党を含む) 3名、公明党 1名、 政和会(社民党、みんなの党を含む) 1名、 日本共産党 1名、護憲市民会議(新社会党を含む) 1名、未来会議柏 1名、 革新無所属 1名 ・総務→財務、税務、通信、人事、契約、企画統計、広域自治、防災防犯など ・市民環境→ゴミ、環境、水道、市民活動、保険年金、広報、消費生活、国際交流など ・教育民生→文化芸術、スポーツ、教育、保育、保健衛生、医療、福祉、生活保護など ・建設経済→都市計画、交通、道路、農業、商工、雨水排水、住宅、公園など 追伸 今回は公用だった為、遠慮したが私、内田ひろきは視察や現地闘争などで遠方に出向いた時に、ご当地ソフトクリームが食べたくなる。 九州は焼酎の宝庫である。 今度は、旅行で訪問したいと思う。

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アンケートにご協力を

4月14日(土) いつもご愛読いただきましてありがとうございます。 アンケートのお願いです。 回答は全てメールでお願いします。 問番号と回答を記述してください。 hirokiuchida@jcom.home.ne.jp (1)国政について 問1 現在の野田内閣をどう思いますか   ア 将来に期待の持てる内閣だと思う      イ 現状打開を考えるとやむを得ないところもあると思う  ウ 今の力量が限界だと思う      エ 将来に期待の持てない内閣だと思う 問2 衆議院選挙の時期はいつ頃が良いと思いますか   ア 今すぐ行った方が良いと思う        イ 年内中には行った方が良いと思う    ウ 来年の参議院選挙と合わせて行った方が良いと思う   エ 来年8月の任期満了まで行わなくて良いと思う (2)柏市政について 問3 秋山市長の市政運営をどう思いますか   ア 将来に期待の持てる運営だと思う     イ 現状打開を考えるとやむを得ないところもあると思う  ウ 今の力量が限界だと思う    エ 将来に期待の持てない運営だと思う 問4 柏市議会の現状をどう思いますか   ア 良い議論ができている議会だと思う     イ 現行制度ではやむを得ないところもあると思う    ウ 情報が少なく閉鎖的だと思う … 続きを読む

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裁判員制度を粉砕

4月13日(金) 裁判員制度が始まり、初めての死刑判決が下った。 審理に100日以上の時間を費やし、裁判員にとっては重い負担となったようだ。 今後は、公判前整理手続きに時間を要していた重大事件を次々に裁判員裁判で審理する。 これを簡略化しようと公判前整理手続きで一定のシナリオが作られてしまう。 これまでの裁判員裁判では、検察側の論告求刑より、重い判決が下っている。 私、内田ひろきは裁判員制度を導入する過程から闘いの先頭で反対を続けている。 日帝の典型的なファシズム教育が差別意識を植え付け、レイシストを生み育てているからである。 裁判員は拒否をすると罰則金が課せられる。 こんな、機能するはずのない恫喝がかけられる。 これが市民参加と言えるのか。 そもそも、司法の場に市民参加が必要なのだろうか。 裁判員制度は市民感情をもてあそび、民衆を権力の側に与する道具に過ぎないのだ。 司法の場に今、一番必要な事は裁判所の民主化と裁判官の人権感覚である。 人を裁きたくないと言う心情は憲法が保障している。 裁判員候補者は市町村が保管する選挙人名簿から選ばれる。 市町村は裁判所や国に何食わぬ顔で選挙人名簿を売り渡す。 裁判員通知は戦時中の赤紙と同じだ。 裁判員は死刑判決を下す事もあり得るからなのである。 人殺しに何が市民参加だと言いたい。 柏市を始めとした全ての市町村は、選挙人名簿の差し出しを今すぐ辞めるべきだ。 司法の民営化、裁判員制度は何が何でも粉砕すべきなのである。

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藻類バイオマス研究事業を視察

4月12日(木) 昨日から下記の日程で私、内田ひろきの後援会である柏の自治力を活かす会の仲間と4人で、仙台市の藻類バイオマスに係る研究開発の推進事業を視察した。 11日  上野10時46分発 やまびこ57号に乗車      14時~   仙台市産業プロジェクト推進課ヒアリング 12日  11時~   東北大学の猪股宏教授と面会      仙台14時44分発  MAXやまびこ144号に乗車 上野で流れ解散。 ある記事から一部抜粋。 実現すれば、再生可能エネルギーの生産、下水処理の費用削減を両立させた環境配慮型の「究極の循環システム」(市幹部)が構築できる。市は「新次元の防災・環境都市」を基本理念に掲げる震災復興計画で、シンボル事業の一つに盛り込む考えだ。 実証実験は、有機物を吸収して増殖するオーランチオキトリウムの性質に着目。南蒲生浄化センターに流れ込む生活排水を使い、オーランチオキトリウムを増殖させて石油の生産量や残りかすの成分を分析し、コストを含め大量生産に向けた基礎データを集める。 水温30度程度で増殖が活発になるため、下水処理の廃熱利用も検討する。 オーランチオキトリウムから石油を抽出する技術は、東北大大学院工学研究科が担う。 燃料だけでなく、化学原料にもなることから、産業振興の面でも期待は大きい。地元企業が参加できるような枠組みも模索する。 渡辺教授は宮城県丸森町の出身で、東北大理学部を卒業した。関係者によると、藻類バイオマスプロジェクトの推進に意欲的な渡辺教授は「東北の被災地の復興に貢献したい」として、今回の共同研究が実現したという。 東北の被災地では津波で浸水したり、地盤沈下したりした土地の有効利用が課題。実用化にこぎ着ければ、オーランチオキトリウムの培養プールは有力な選択肢となる。 仙台市は「エネルギーや環境など、震災が浮き彫りにした多くの課題を解決できる可能性を秘めており、東北にとって魅力的な構想だ」としている。 仙台市ホームページから一部抜粋。 仙台市では筑波大学・東北大学と連携し、生活排水を吸収して石油成分を生産する藻類バイオマスの研究・開発を推進しています。 被災した南蒲生浄化センターを拠点として、藻類による燃料生産と新しい循環型システムの研究開発に取り組み、仙台のみならず、東北の被災地、そして全国へ展開可能な「仙台モデル」の構築を目指します。 仙台市役所にて内田ひろき 視察を終え、夜は柏自主夜間中学に向かった。 私、内田ひろきは視察や現地闘争などで遠方に出向いた時に、ご当地ソフトクリームが食べたくなる。 今回は、政務調査費を充てない遠方視察だった為、ご当地ソフトクリームには巡り合えなかったが、少し羽を伸ばし宮城名物に舌鼓を打った。 牛タンやホヤは、地酒にピッタリ。 ずんだパフェは、二日酔いを覚ますのに最適。 大変楽しく、有意義で充実した2日間だった。

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増尾西小の入学式

4月10日(火) 昨日の逆井中に引き続き、今日は地元の子ども達が通う増尾西小の入学式に招かれた。 君が代の斉唱には不起立で臨んだ。 式の最中は、子ども達の入学を祝福しながら、自らの幼少時代を思い浮かべていた。 私、内田ひろきは1971年、千葉県野田市で生まれた。右目は生まれつき全く見えず、左目はうっすらと見えていた。 小学校に入り医師より、残された左目の視力も失ってしまうと宣告を受け、絶望の極致に追い込まれ学校に行く事すらできなくなった。 中学校に入り人生を悲観し、死を考え日々深夜徘徊を繰り返していた。 小学校から不登校だった為、学習に追いつけず「障害」を理由に教師が加担した激しいイジメもあり、学校を拒絶するようになった。 そうした中でも、一部の友人がいた。 しかし、中学3年生になると受験が迫りその友人も離れて行った。 いよいよ、孤独無縁になり「障害」をもって生きている事に絶望した。 中学までは親を恨み「障害」を悲観し、自分を傷つけて生きてきたが関宿高校に入学し、さまざまな「障害」をもつ仲間や外国人、被差別部落出身者など差別と抑圧を受け、同じ境遇を共にする友人達との出会いで価値観が変わった。 この時から、自らを悲観した生き方を変え、闘う「障害」者として人生の新たなスタートに立った。 今日、入学を迎えた子ども達に私、内田ひろきが幼少時代に経験した屈辱や苦しみを負わせてはならないと心に誓った。

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